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バリ島海岸(バリ島旅行記)
バリ島の海辺をウロツク店主
店主の旅日記(バリ島旅行記) 名も知らぬ 〜♪
遠き島より 〜♪
流れ来る 〜♪
椰子の実一つ
 〜♪
さすらいのアートディーラー(店主のこと)バリ島の海浜を彷徨う…。なんかイイモン落ちてないかな?とウロついてると…古そうな小銭を拾って大喜び!「ナンデモ鑑定団」に持ってくとひょっとして??(^∇^)??そしたら葬式の副葬品だって… 。あの世に持ってったら高く売れるかな… (^^ゞ 目次に戻る
ウブド郊外よりバトウカル山を望む
ウブド郊外よりバトウカル山を望む



不滅なるバリの魂 〜バリ絵画オークション奮戦記〜  2006年7月

マヤ・リゾートホテル内のオークション会場

そのメールが届いたのは、前回のエアーカーゴ便の整理が漸く片付いた7月の初めのことだった。かねてより、ソノ時は前もって連絡していただきたい旨お願いしてたのですが、まさかタッタ一週間前に連絡してくるとは流石インドネシアの会社・・・。(ヒマな店とは言え、それなりにこの夏の作戦計画があったのですが・・・)

かくして、有り金残らず掻き集め、先の予定を全てゴワサンにして、猛暑に喘ぐ家族を残して一人南半球のバリ島へと旅立ったのでした。

チャンプアン・スパ&リゾートのシュピース・コテージ7月中旬のバリ島は、それはそれは快適な気候で、日中の強い陽射しも一歩木陰に入ればそよ風が吹き抜け、朝夕は少し肌寒く感じられるほどの爽やかさ。噂に聞くハワイってこんな感じかなあ・・・などと想いを巡らすほど。

さて、今回の戦場となるウブド郊外のマヤ・リゾートは、知る人ぞ知るセレブご用達の超高級リゾート・ホテルで、アジアの海外リゾート雑誌には必ずと言っていいほど登場する。地元関係者の間ではウブドに鶏の鳴かない朝はあっても、日本人カップルのいない夜は無いと囁かれるほどの人気のお宿。

さて、当日は会場に入れきれない程の参加者でごった返し、中に入れない人たちが通路に溢れ出し一時は騒然となった。能弁を使命とする筈の進行係は、会場の熱気に圧倒されて心臓がドキドキで破裂しそうとのたまった。(競売は英語で行われた)ただでも上がり性の店主は、顧客より預かった大金を握り締めなんとか最前列の席に陣取った。こういう事態もありなんと早めに席取りしておいたのが良かったようです!ただ、落札予想価格はドル表示なのに、実際の競りはルピアで行うという変則的なスタイルのため、電卓を叩きながら円とドルとルピアの換算に店主のアタマは混乱して、スタート前から早や逆上気味となってしまった。 (T◇T)

かくして、バリ島のトラディッショナル絵画を主体にした世界初の記念すべきバリ絵画オークション「Undying Spirit of Bali」(邦題は「不滅のバリ魂」?)は内外から珠玉の名品を150余点集め、世界中から集まったコレクターの前にその全貌を現したのであった。

オークションの下見会場の様子オークションにはリズムがあり、「オトス」「オトサナイ」は微妙なタイミングで決まるようです。その場の空気を読み、事前に自分の位置(地位?)を確かめ、出来れば敵の情報を集めておきたいものです。無論、店主の場合は初めての参加で、周りは知らない外人さんばかり。逆にアイツはドコの何者だろう?とマークされてた節があります。(日本人は店主一人だけのようでした)欲しい作品が予想外の高値で人手に渡っても平静を装い、やる気無さそうにシブシブ上値を指したかと思うと、次の瞬間には断固たる態度で毅然と敵に立ち向かったりと、財布に残ったお金を計算しながらの大奮闘〜!(店主にとっては)

エ〜と、結果ですが、店主もなんとか意中の作品を数点入札することができました。

メデタシ メデタシ  (=^0^=)/♪ 


今回のオークション主催者のHP : LARASATI (アジア美術絵画オークション)




ジャワ島番外編・涙のバタビア紀行  2006年7月

バタヴィア港風景図

ふう〜、それにしてもバタヴィア(現ジャカルタ)は暑い土地だ。昨日まで滞在してたバリ島は乾季(冬)で、朝晩は涼しい風が吹いていたのに、ほぼ同緯度のこの街では夜になっても熱風のままだ。

今回の旅行のために厳選したホテル・バタヴィアは、市内随一の由緒有るホテルで、VOC(オランダ東インド商会)がジャワ島支配の基地とした港に近い旧市街にある。ホテルの直ぐ側を流れるドブ川(失礼)に架かる「跳ね橋」に植民地時代の香りが残っていて、近くには、海洋博物館(VOCの倉庫跡?)、歴史博物館(植民地時代の圧制の象徴?)、絵画・陶器博物館(陶器の殆どがレプリカ…)等が歩いて行ける距離にありとても便利だ。

跳ね橋とホテル・バタヴィアしか〜しである。このホテルは問題だ!2〜3年前にシンガポールの会社が買い取り4階を全てカラオケ・ルームに改造したらしく、そこから流れる物凄い音量のリズムが昼夜の別なく全館に響き渡っている。これはまいったと最上階の9階に部屋を移してもらったが、この騒音から逃れることはできなかった。歴史的建造物が、近隣諸国の華僑団体様専用の「カラオケ・○春ツアー ホテル」に衣替えしていたとは。これも又時代の流れか・・・(涙)

滞在3日目は、朝8時にタクシーで近くのコタ駅に向かった。この日は近郊のBOGOR市に列車で移動し、有名な植物園を見学しようという計画。コタ駅では親切な男の子が田舎者一行(店主とPUTU君)に電車の切符の買い方を教えてくれた。お礼に2千ルピアとチューインガムを渡す。ナントか無事にガラガラの冷房付き急行列車に乗り込んだ。車内を見回すと日本語の説明書きがある。どうやら東京の地下鉄車両がいわゆる「第2の人生」をここで頑張ってるらしい。ゴクローサン〜!

車窓から眺める首都ジャカルタは、街の中心部にやたらと大きな官製の建物やら敷地が広がり「中心部がスカスカしてるな〜。どこがこの街の中心なのかなア?」という印象。その後1時間くらいでBOGORに到着。駅前は「暑い、汚い、ウルサイ」のアジアの混沌といった世界が広がる。隣接しているはず植物園の入り口は意外と遠く、歩いてきた店主一行は汗だくとなり、到着時には完全に一仕事終えた状態になってしまった・・・。(助手のアホが途中で道を間違え炎天下を200メートルほど余計に歩いてしまった)

スラバヤ通りの骨董店さて、いよいよ植物園に入場。ここにはオランダから分捕ったジャワ島経営のためにやってきた、有名なイギリスのトーマス・ラッフルズ卿が館を構えたのが始まりで、その後各地より珍しい植物が持ち込まれ一大植物園にまで発展したとのこと。中には、メキシコ植物園(サボテン各種)や絞め殺しのイチジクの大木(確かオーストラリアにも有ったなア)、南米産オニ蓮の池、英国庭園等々がありました。広大な園内は植物の種類により幾つかに分かれていて、一日かけても回りきれないほどの広さだという。

その夜、ホテルに戻ってから異変が起きた。店主の左手首が痛み出し動かなくなってしまったのだ!翌日近くの病院で診察してもらったら、骨に異常はないとのことで診断は「捻挫かな?」であった。この後、三日三晩激痛に苛まれながら、ホテルの部屋に篭城することになるとは「神のみぞ知る」ところであった。バタヴィア滞在の後半はホテルのルーム・サービスで凌ぎ、ただただ帰国の日を待つという情けない日々となった。朦朧としながらガルーダ航空の機内に転がり込んだ時は、店主の瞳からウレシ涙がこぼれていたのでした・・・。(と言いながらも機内ではしっかり赤ワインで祝杯をあげました。ハハハ!)

関西空港に到着後、自宅近くの病院に直行。赤く腫れた左手を診て医師は「アッ、これはひどい。直ぐ入院しなさい」との厳命。かくして、帰国早々荷解きする間もなく一週間入院して、ただひたすら治療に励むことになりました。(店主はただ寝てるだけのことでしたが)その後の、奇跡的な回復と活躍?は既に皆様ご承知のところであります。

アッ、病名ですか?お医者さん曰く「細菌が侵入して炎症を起こしたもので、特に珍しい病気ではありません。ただ、何の病原菌かは不明です・・・」とのこと。来年あたり「リベンジ」を、と考えているのだが、今だ痛々しい左手を見るともう少し先にするか・・・と少々弱気の店主です。 (T◇T)

写真上 : 15世紀の大航海時代にバタヴィアを支配したオランダの帆船と港の様子。
写真中 : 跳ね橋から眺めるホテル・バタヴィア
写真下 : ジャカルタのスラバヤ通りにある骨董街





バリ島北岸 ロビナ ビーチ紀行 2006年1月

レギャン海岸風景

”ドルフィ〜ン” 遠くから朝靄の海面に声が響く。すると、船外機付の小船がいっせいに声のする方向に走り出した。少しして、遠くでそれらしいカタチをした影が水面をジャンプした。でも、船が近づくとどこかに消えてしまう・・・。遠くで又、 ”ドルフィ〜ン” の声がした。間髪入れずに周囲にいた10隻くらいの船がいっせいに船首を回して、声のする方向めがけて突進する。これを幾度となく繰り返すうちに、薄暗かった海面は晴れ上がり、空にはお天道様がゲンキな顔をみせ、本格的な一日の始まりを告げたのだった。

若い船頭さんが巧みに操る小船には、店主と一組のインドネシア人親子が乗船。シャイな中学生くらいの男の子を連れた母親が一生懸命ビデオカメラを回している。おそらくジャカルタかスラバヤのお金持ちの奥さんと見当をつける。
パダン料理どっかで見たガイドブックに「イルカと一緒に泳ぐ体験ツアー」と紹介してあった。それを真に受け持参したシュノーケリングセットが虚しく船底に転がっている。こんなところで潜ったら、イルカに遭遇する前に船に轢かれてバラバラにされてしまう・・・。アンタほんとうにココで潜ったのかア? 執筆者の猛省を促したい! 怒(`□´)怒

朝の平和で静寂な一時は、イルカにとっても人間にとっても大切な時間。追っかけ回されるイルカたちにとってはさぞハタ迷惑なことだろうに・・・。こちらも、早5時前にたたき起こされ、朦朧としながら小船に乗り込み、酒くさい息をしながら船酔いをグッっと堪えたにもかかわらず、結局イルカ、イナイカ、ワカランようなマヌケ・ツアーとなってしまった。

ロビナ・ビーチ沖合いの虚しい「海上右往左往ツアー」からの帰路、海面から遥かに椰子の茂る熱帯の島影と緑深い山々が一望できた。物見櫓のような電波塔がポツンとある他は、近代的な建物はどこにも見あたらない。砂浜に引き揚げられた船と、椰子の木陰にうずくまるように点在する漁師の家々。そこから、緑の絨毯が幾層にも重なって遥か彼方、雲に隠れる峰々へと続いている・・・。

一世紀ほど前に汽船に乗り、目と鼻の先にあるブレレン港に上陸した西欧の芸術家たちも、今店主の目の前に広がる「熱帯パノラマ」を前に、それぞれの思いを噛み締めていたに違いない・・・。(流石ベテラン探訪家、転んでもタダでは起きない!) ( ^∇^ )

ウブドのモンキーフォレスト入口のブディアナ氏作品ホテルに戻って朝食をとり、ロビナ・ビーチを西の方へと散策。海に面したガーデン付のホテルを過ぎてドンドン進むと、イルカ・ツアーの船と同じ特徴の細長い漁船がいっぱい繋がれている浜に出た。家々の周りでは子供たちが遊び、その周りを鶏が機敏にウロツイテる。近づいてきたカモ(店主)をじっと見ていた老人が家の中からナニやら引っ張り出してきた。美しい色をした巻貝がいっぱい詰った木箱を差し出される。(ココだけの話ですが、ワタシ貝殻には弱いんデス。)海中で見つけたら、感激のあまり心臓が止まってしまいそうな貝殻の山を品定め。意を決して、「この箱の中のものゼ〜ンブちょうだい」と逆上気味に買い占めてしまった・・・。(貝殻のオマケがありましたらコレだと思ってくださいな) (=^_^;=)

その村で小船を1時間チャーターして、いざシュノーケリングへと出発。(と言っても千円にも満たない金額だった) 沖合い数百メートルのところにサンゴ礁の浅瀬があり、シュノーケリングのポイントになっている。流れがほとんど無いためか、小さな熱帯魚がいっぱい群れていたんで、お仲間に入れてもらい一緒に遊泳を楽しむ。割と小さなポイントなので30分ほど時間でしたが、水中散策を十分堪能してきました〜。 (=^0^=)/♪


写真上 : また一日が過ぎて行く・・・ 「レギャン海岸の夕陽」 
写真中 : 好きなオカズを勝手に食べる「パダン料理」が並ぶテーブル
写真下 : ウブドのモンキーフォレスト入口にあるブディアナ氏作「猿のファミリー」石像


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